1. ヤブツバキ:花冠の斑点は勲章
写真をメインにした新シリーズを始めるにあたって、図鑑などには載っていない自慢の写真からはじめよう。講演会などで「いい写真でしょう」と言いながら冒頭の写真を提示しても、あまり良い反応は返ってこない。どうも黒い斑点が評価を下げるようだが、この斑点こそ花の勲章なのだ。ヤブツバキは日本の野生植物では数少ない鳥媒花の一つで、鳥好みの真っ赤な花をつける。主に訪れるのはメジロとヒヨドリで、花の中心にある雄しべの筒の中の蜜を吸い、顔面や嘴を黄色く染めて花粉を運ぶ。
ツバキは図鑑の離弁花植物の卷に掲載されるが、合弁花植物の花と同様に、花弁の基部は合して合弁状態になっている。そのため花冠は花床にしっかり固定され、5枚の花弁が共同して加重を支える。メジロなら楽々と支えられるので、メジロは蜜を吸うさい、花冠を足場にする。そのとき花冠にはメジロがしがみついた爪跡が残り、後に黒く変色する。したがって、黒い斑点は「メジロに送粉してもらったぞ」という証になるのだ。
2.ヤツデ:性転換する花と雄花
3.ナズナ:花は小さくても
春の七草は1月7日が近づくとスーパーの棚に並ぶが、いずれも人里の植物なので、昔は若菜として野で摘まれる身近な存在であったはずだ。今でも街中で、なずな・おぎょう(ハハコグサ)・はこべら(ハコベ)は見かけるが、それを摘んで七草粥に入れる勇気は湧かない。
その一つナズナの花の生活を覗いてみよう。白色の花は小さく直径3mmに満たないが、萼片と花弁が4枚ずつ、雄しべが6本、雌しべ1個と、花を構成する器官の数と配列はアブラナの花と同じである。しかも、雌しべの根元にある蜜腺からは微量ながら蜜が分泌され、アブラナと同様に昆虫を誘っている。しかし、花期が春早いことと蜜が少量なためか、ハナアブ科の昆虫がごく稀に訪れるだけである。
ところが、花が実を結ぶ率は83%〜46%と比較的高い。これは、花が萎れる頃になると雄しべが花の中心に向かって曲がり、葯と柱頭が直接触れて自動的に同花受粉をするからである。こうして、ナヅナは三角形の果実の中で十数個ずつ種子を育て、次の年に命を継ないでいるのだ。
4.ヒイラギナンテン:動く雄しべ
触れると雄しべや雌しべが動く花は幾つも知られている。観察会のさい、その面白さを伝えるのに好適な花の一つが、花数が多いヒイラギナンテンだ。参加者に楊枝のような細いものを持たせ、先端をよく見ながらそっと花の中に差し込むように促がす。楊枝の先が花糸に触れたとたん、雄しべが瞬時に動いて楊枝をたたく。参加者は「わぁっ」と驚きの声をあげる。「植物は動かない」と思っていた先入観が破られたからだ。そのときのコツは「雄しべが動く」などと事前に言わないことだ。もし言ってしまうと学習したことの確認にすぎないが、事前に知らなければ観察者にとっての新発見となり、いつまでも脳裏に残るからだ。
ではこの動きの生態的意義はどこにあるのだろう。蜜は雄しべの基部や花糸の内面に分泌されており、昆虫が蜜を吸うときは必ず花糸に触れる。花はその機を逃がさず、葯を動かし昆虫の口吻をたたき、花粉を付ける。口吻についた花粉は、ほぼ同じ高さにある柱頭につくのだ。
秋に咲くホソバノヒイラギナンテンでも雄しべは同様に動くが、花が小さく観察会向きではない。